拒食症だった私のもうひとつの本音

持続可能な未来のための通訳者、冠木友紀子です。

前回は拒食症だった私が、心の底で「人間都合優先の世界」に怒りを抱き、 生命力あふれるワイルドな世界での 採集狩猟生活を望んでいるらしいということを書きました。

採集狩猟生活への憧れには、表裏一体の、双子のような別の感情もありました。

それは「ここでは、本当は何もやりたくない」。
久しぶりに思い出しました。

高校生の頃、将来何になりたいかと訊かれるたびに困惑しました。職業名でスパッと答えられなかったのです。友人たちは見事に具体的に弁護士、医者、キュレーター、新聞記者…と答え、目標達成するべく小さなステップを着々と進んでいました。でも、私はどの職業を思い浮かべてもまるで心躍りませんでした。もちろん、身近にいろんな職業の大人はいました。彼らを人として尊敬はしても、その仕事に惹かれることはなかったのです。通訳になりたいなんて思ったこともありませんでした。

私の入りたい箱はここにない、という感じです。

それでも何もしないわけにはいきません。まあ、何か取り組めば、人並みにはできた。だから、大して好きでないこともなんとなく我慢して続ける変な癖がついたかもしれません。けれど、その程度のことは「本当は何もやりたくないくせに」のささやきが聴こえると、心の底ではすうっと冷めてしまっていたのです(まるで太宰治の「トカトントン」のよう)。

そういう文明社会不適応みたいなところは今もあるでしょうね。

それでもなんとか文明社会で折り合いをつけているのは他者の存在あってのことです。

自分にとってはいまいちなことも、それを他者が必要としている、他者の痛みを和らげることだったら、がぜん動けるのです。

自分の人生の意味など、自分だけで成立するはずなどない。そう思います。

持続可能な未来のための通訳者 冠木友紀子 プロフィール

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