外国語学習でスタートダッシュする大人の脳の特徴とは
臨界期より神経可塑性
かつて臨界期「仮説」がいつのまにか臨界期「理論」として語られたことがありました。子どもの将来を案じるお父さんお母さんの不安を煽るには恰好のキーワードだったのでしょう。ことに音楽、英語教育界ではうんざりするほどでした。
確かにどの学習にも最適期はあります。窓が全部開いていて、どの窓からでも中に入れるような時期です。この時期はあまり教え方、学び方を工夫しなくても容易に吸収できます。(定着はまた別の問題です!!)
ただ、最適期を過ぎたからといって窓が全部閉まるわけではありません。どこかに必ず開いている窓はあるのです。一度閉まった窓が開いたり、開いていたのが閉まったり…私たちの内なる自然が時に適って最善な窓の開け閉めをしてくれます。これを神経可塑性(neuro plasticity)といいます。プラスティックというと固い感じがしますが、温度を変えても形を変えにくい石や木と比べたら、変わりやすいでしょう?
大人でも第二言語は学べる、でも個人差はなぜ
ということは…理論的には成人でも外国語の習得は可能です。英語をやり直そうとしている大人には朗報です。けれど、どう見てもあまりに個人差が大きい。無心に模倣を楽しむ無邪気なひと、変身願望の強い演技派のひとはすぐに話せるようになる…でもその背景がもっと客観的に解明されないと、また「臨界期お化け」が復活してしまう。それに大人であればこそ、不当な自己嫌悪に陥るのでは…。
そこで見つけたのがワシントン大学のプラット教授を中心とした研究グループの最新論文。 “Resting-state qEEG predicts rate of second language learning in adults”(Brain&Language、2016)「安静時定量EEGにより成人の第2言語習得速度を予測」とあります。(要約を読みたい方はこちら、Science Directで)
“..understanding the nature of individual differences in second language acquisition is critial for both reseach on second language acquisition and also more generally for research o human learning and neural plasticity.”
「第2言語習得における個人差の性質を理解することは、第2言語習得の研究のみならず、より広い意味において人間の学習と神経可塑性の研究にきわめて重要である」「これから見出されることは産学両方に広く応用できるはずだ」ともしています。
「第2言語習得における個人差の性質を理解することは、第2言語習得の研究のみならず、より広い意味において人間の学習と神経可塑性の研究にきわめて重要である」「これから見出されることは産学両方に広く応用できるはずだ」ともしています。
さて、これまでの研究事情をさっとおさらいしますと…
第二言語習得に関する研究は音声処理に関するものが目立ちました。しかし音声処理能力の差で第二言語運用力の差を説明することはできませんでした。そこで一般的な認知能力、たとえば潜在学習、手続き学習やワーキングメモリ容量と第二言語習得を関連付けたらどうか、という声が高まったのです。
面白いことに母語とこれらの認知能力との相関関係は認められましたが、第二言語習得との関連はいまだ明らかとはいえません。
なんだかわからないことだらけです…
ワシントン大学でアメリカの若いもんがフランス語を…
そこでプラット教授たちは、いかにもアメリカンな若者…アメリカ英語しか話せない、中学に入るまで外国語に触れたことがない、学校で習った外国語も忘れてしまった、という面々を16名集めました。そしてフランス語プログラムを8週間にわたって1回30分、16回行ったのです。なんと、進みが速い人はゆっくりな人の倍ほどのスピードでプログラムを終えました。この人たちの安静時の脳波を調べると、顕著な違いがありました。進みの早い人たちは安静時でも右側頭葉に低いβ波が強く出ているというのです。
だからといって「ほらやっぱり右脳だ」とするのは早とちり。
This is not to say that the RH plays a bigger role in L2 learning than does the LH. In fact, a recent reveiw of structural changes assoiated with L2 learning were bilaterally distributed, and that changes in LH density were most frequently associated with L2 (Li, Legault & Litcofsky, 2014)
第二言語を学ぶことで脳にも灰白質が密になるという構造的な変化が生じます。ただし、これは左右両方に生じ、しかも左脳の変化の方が第二言語学習との関連が大きいということです。
じゃあとにかく右脳からβ派を出してやろう!とするのも早とちり。
双子の研究から、脳波のプロファイルは先天的であることもわかっています。
じゃあ、どうすれば
身体にいいらしいと報じられると、納豆が、チョコレートが、エゴマオイルがいっぺんに売り切れ、生産者が振り回される。増産体制を整えるころにはブームもおしまい。あなたはこんなことを自分の脳にやってみたいですか?まさか。
この実験の全体像を再確認します。期間は8週間、全員が同じプログラムを使っています。つまり、その後どれだけ学び続けて、どんな方法を試してどこまで到達したかは不明です。
私は英語を学びなおす大人を思って何度もこの論文を読みました。そしてくみ取ったことはとてもシンプルです。
「第二言語習得(しなおし)のスタートダッシュに現れる差は先天的な性質に因る。この時期に周りと比べて落ち込んだり、やる気をなくしたりしてはもったいない。自分を信じて、開いている窓が見つかるまで歩きなさい。」
小中学生のことを思うとなおさら、外野はお静かにと願います。