ネイティブの音声や先生の評価より大切なこと

鑑真が難破しかけ、失明してまで日本を目指したのは1400年ほど昔のこと。いまではLCCなら15000円程度で上海―羽田を往復できます。(まあ、飛行機は落ちたらなかなか厳しいものがありますが)

外国語学習ではそれくらい大きな環境の変化がわずかここ40年ほどの間に生じています。
さて、それだけの違いが学習成果に現れているでしょうか。
残念ながら「もちろん!」とは言えません。
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鏡を見ないでお化粧する?

どうしてまたそんなことに?
昔の人を今の環境に置いたら驚いて有難がって勉強しまくる。でも今の人は今が当たり前だからすみずみまで利用しようとはしない。
大衆化も関係がありそうです。道具の進化、教育の普及に伴って本来それを必要としない、動機の弱い層も含まれてゆく。
「憧れて、選んで、覚悟して学び、貢献する」つまり、プロを目指す人たちには却ってホンモノを見つけだしにくい時代になったようです。
その見つけにくい、でも近くにあるホンモノをひとつ指摘します。「自分の声を聴く=セルフモニタリング」です。セルフモニタリングなしに外国語を学ぶのは、ミラーレスメイク=鏡ナシの化粧と同じ。もったいないことをしていると思いませんか。

イギリスの聾学校で発見「人間は自分の声が気になる」

イギリスはサマセット地方にA.R.R.O.Wという耳と声と言葉の小さな研究所を構えるコリン・レイン博士はもと聾学校の先生。全身からあふれる温かさとやさしさが、天性の「先生」であることを物語っています。
全身から人への愛情があふれている生まれついての「先生」
全身から人への愛情があふれている生まれついての「先生」
熱血レイン先生、いくらお手本になって一生懸命語り聞かせても、生徒たちはいやいやリピートしている様子。一向にノッテきませんし上達しません。
「なにか大事なことが欠けている…あっ!」
レイン先生が思い出したのはご自身のフランス語学習体験。そのフランス語学校では生徒にマイクヘッドフォンを用意して自分の声をリアルタイムではっきり聴くようにしていたのです。ときには録音して自宅で復習させることもありました。レイン先生はいい大人になっても自分の声はやたら気になるものだと面白く思ったそうです。
そうだ!この子たちにもあの体験を試してみよう。

手始めにレイン先生はこんな調査をしました。I see the blue car.という文を使って、生徒ひとりずつ1)文全体 2)文末から単語ぶつ切りで そして 3)短母音iのみという3通りの録音を行いました。これをほかの成人、生徒たちの録音とまぜて再生、生徒たちに5段階で好き嫌いを評価させたのです。もちろん生徒たちはいつ誰の声が再生されるか知りません。(実験の手順は注意深く組み立てられていますが、割愛)

生徒たちは事前のアンケートをもとに3グループに分かれていました。「自分の声を高評価グループ」「自分の声を低評価グループ」「聴力支障グループ」なんと、こんな結果になったのです。グラフは上から順に「高評価グループ」、「低評価グループ」「聴力支障グループ」、中央のとびぬけた棒グラフが「self voice」自分の声への高評価を示しています。
そして生徒自身の声を教材に使うようにするとこんな現象が見られました。
-The students showed they preferred listening to their own replayed voice rather than the tutor’s recording. Some students in fact, turned off the Tutor voice on replay.
-On many occasions, students smiled when first hearing their own replayed voices but never smiled when listening to the tutor’s.
-Some students also gave an indication of some link with the internalising processes by silently mouthing their Self-Voice speech sample when it was presented to them on playback.
(from “Self Voice – A Major Rethink”  by Colin Lane)
―生徒たちは先生より自分の声の録音を好み、なかには先生の声の再生が始まるとスイッチを止める輩まで現れた。
―多くの生徒たちが自分の声が耳に入るやにっこりしたが、先生の声ににっこりしたものは一人もいなかった。
―自分の録音を耳にするやおのずと静かに口を動かす生徒もいた。これは内面化のプロセスとのつながりを示唆しているのだろう。(生徒自身口が動いていることに気がついていない!先生の声では口は動かない!)
1976-77年にかけてブリストル大学ではこんな結果まで!
The boy(severely deaf) was required to make 150 responses centred pon 13 different phonemes. The phonemes were tape-recorded onto ARROW equipment firstly by the teacher secondly by the child. The severely deaf boy was required to repeat the phonemes when listening to either his own or the examiner’s sets of recordings. Results showed that the student achieved 74.5% correct identifications when listening to his own speech samples compared to 62 % when listening to the better articulated words of the tester.
(from “Self Voice – A Major Rethink”  by Colin Lane)
上の英文はずいぶんざっくりした報告です。実際にレイン先生に伺ったのは…
「聴力損失のある男の子に発音のテストをするからね、といって先生のお手本録音で練習させた。仕上げに自分でも録音してみた。テストでは再生を聴いてリピート、録音し提出。先生のお手本を聴いていってみたものは62点の出来。自分の録音を聴いて録音したものは74.5点の出来」ということです。

つまり、記憶している先生の立派なお手本と同じお手本が聞こえてきても、セルフモニターのスイッチはいまいち入らない。けれど、記憶のお手本と違う自分の声が聞こえてくると、がぜん気になる。セルフモニターのスイッチが入って、お手本と自分の声のすり合わせが起こり、次の発話が上達する、という仕組みと考えられます。

レイン先生の調査レポート集。
レイン先生の貴重な調査レポート集。
念のため…大事なのは「録音」ではありません。自分の声をしっかり聴くことです。人体はその場で自分の声を修整できるように作られていますから、慣れてきたらリアルタイム、録音なしの方が自然です。

身近にある、自分の声を活かすコツ

たとえば右手のげんこつを口に近づけて、親指と人差し指の間のすきまに声をあてるようにする、などでも似たような効果が得られます。
昔は小学生が家で教科書を音読している声が外まで聞こえてきたものでした。あれはなかなか理に適っていたようですね。
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