英語の先生、ディベートは全員必須?

「英文科を卒業して先生になるからには、ディベートできなくちゃと思ってがんばっているんですが、やっぱり苦手で…」
ほう、がんばっているね。で、ディベートのどこが苦手?
「テーマが時事問題とかで難しくて…それに人を言い負かしても少しも嬉しくないんです。」
ディベート得意になったら嬉しい?
「うーん…」
 
それなら少しお休みしてもいいかもね。
 
確かに自分の枠のうちに安住しないことは大事。
 
でも自分の一部である心のひだにまでアイロンをかけて伸ばさなくてもいいと思うよ。そのひだは毎日それなりにまじめに生きてきたあなたのしるし。
 
あなたがすでにしている数々の素敵なこと、好きなこと。それをちょっと背伸びしながら続けててみる、でいいのです。
 
ちゃんと息してますか?緑の木陰で深呼吸
 
シェイクスピアが好きだったっけ?
人と一緒に演じて舞台を作り上げるのが楽しいのね。
じゃあシェイクスピアは極めたの?
セリフはどのくらい覚えている?
ソネットは?
 
え?とんでもない?
 
それならディベートどころじゃないでしょう?超えるべき枠、超えずにはいられない枠は、残酷にも「大好き」の中から現れるんです。大好きだから超えたくなる、超えられる、いや、気づいたら超えている、かな。
 
そして誰かがあなたを見つけて頼りにするようになる。
 
世の中にはディベートが大好きな人たちがいます。あなたがどんなに我慢して努力してもこの人たちに敵うわけがない。
 
あれもこれもやらなくて大丈夫。やってはダメ。
 
シェイクスピアが寂しがっていますよ。ディベートのことはシェイクスピアの世界一の理解者になってから考えればいいんじゃない?
(本心:シェイクスピアを極めてごらん。そんじょそこらのディベートの上を行けるよ。あ、別に行きたくないのだったね。)
 
 
 
 
 
 
 
 

Pin It on Pinterest